弁護士 吉江 仁子
1 はじめに
2010年に、名古屋で生物多様性条約の第10回締約国会議が開催されたとき、ホスト国だった日本政府が、「SATOYAMAイニシアチブ」なる概念を盛んに提唱していた。これは、農林漁業などを通じて形成された二次的自然地域の持続可能な維持・再構築を通じて「自然共生社会」を実現し、生物多様性保全と人間の福利向上を図ろうという提案である。当時、各国の代表たちに向けて、石川県能登半島の美しい「里山」「里海」の景色に載せて、人間と周囲の自然が調和し、その相互作用により生物多様性が維持されると共に、人々の暮らしや福利に必要なモノやサービスが持続的に供給されている日本の伝統的な生活様式の素晴らしさが紹介されていた。
あれから12年。去る6月4日から5日にかけて、能登半島の珠洲(すず)市で行われたJELF(*1)の年次総会のサイドイベントで、SATOYAMAイニシアチブがどのような成果をあげているを視察する機会を頂いたので報告したい。なお、最近、珠洲市での群発地震の発生が報じられており、関係者のみなさまのご無事をお祈り申し上げます。
2 「能登里山里海SDGsマイスタープログラム」の勉強会(初日。座学)
⑴ 行程初日、金沢大学が実施する社会人向け地域人材育成プログラム「能登里山里海SDGsマイスタープログラム」(*2)について、岸岡智也先生(農学博士・先端科学・社会共創推進機構博士研究員)と3人の修了生の皆さんから、お話をいただいた。
⑵ プログラムの概要
2007年から金沢大学と珠洲市が年間各2,000万円ずつの予算をつけて、共同運営で実施している社会人向けの人材育成プログラム。全国の地方の抱える過疎・高齢化問題は深刻。2030年の高齢化率は50%を超える。里山、伝統文化は荒廃の一途。
2011年、石川県能登半島に広がる「能登の里山里海」が、新潟県佐渡市の「トキと共生する佐渡の里山」とともに、先進国で初めて世界農業遺産に認定された。プログラムの背中を押してくれた。近年は、SDGsの波もある。金澤大学能登学舎のある石川県珠洲市は、「SDGs未来都市」に認定されている。
若者が、里山里海での生活に可能性を感じてチャレンジしていけるように後押しする。受講資格を49歳以下に絞っている。研究課題は、受講者が自分で設定し、1年間、月2回。講義や実習に参加する。受講生同士の議論や外部講師の講義もある。講義日には、近所のお母さん方が、食堂「へんざいもん」を開いてくれる。へんざいもんとは漢字で書くと「辺採物」。『家の辺(あた)りで採(と)れる食材(もの)』という意味で、食材の豊富な奥能登で、昔ながらの郷土料理を味わえる。
これまでに329人が入校し、218人がマイスターに認定された。当初は、奥能登からの受講者が多かったが、最近は、石川南部や県外からも受講がある。これまでに県外から32人が入校した。移住にも寄与しており、受講生から46人が珠洲市に移住した。修了者の24%。定着率は87%。今年度、18人が入校している。受講生にとっては、人的ネットワークの広がりという効果もある。修了生のネットワークから、起業につながったケースもある。
⑶ 3人の受講生のみなさんより
3人のみなさんは、2017年にマイスターとなった同期生で、それぞれの卒業課題(所有者不明土地問題、地域の工務店の役割等)や受講生にとってのプログラムの魅力についてお話いただいた。
それぞれ、地域の課題を学びたいと思って参加した、参加者のバックグラウンドは、弁護士、医者、農民、公務員、介護職員等多様で驚いた、講師の熱意に感謝している、持続可能な社会をつくりたい、生産品にストーリー性を持たせることで価値が生まれる、等のお話があった。
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*1 JELF:
https://www.jelf-justice.org/*2 能登里山里海SDGsマイスタープログラム:
https://www.crc.kanazawa-u.ac.jp/meister/【
SATOYAMAイニシアチブの現在2へ続く】