弁護士 吉江仁子
1 はじめに
当職が事務局長を務める明日の自由を守る若手弁護士の会(略称「あすわか」)兵庫支部では、去る9月29日、前文部事務次官の前川喜平さんをお招きし、「個人の尊重と幸福追求の権利と教育基本法」というテーマで講演会を開催致しました。宣伝や運営のご協力を賜った皆さまには、誠にありがとうございました。おかげさまで当日は、各地で運動会の予行日と重なり、かつ、台風の襲来が心配されるという悪条件でしたが、128名のご参加を頂くことができました。
2 企画の内容
(1)はじめに、あすわかより、今の憲法が、「個人の尊重と幸福追求権」に最高の価値を置き、それを実現できる社会を目指して設計されていることを紹介しました。
(2)前川さんのお話しは、子どもの学習権、発達する権利を中心に多岐にわたりました。以下、一部を紹介します。
ア 学習権について
学習権を「問い続け、深く考える権利」「想像し、創造する権利」として、「人間の生存に不可欠な権利」として位置づけているユネスコの学習権宣言を紹介されました。
イ 貧困と教育格差について
前川さんが支援している夜間中学で出会われた70代の男性が、初めて読み書きを学び、「綾鷹」という字を書きたいと仰って実現されたことを紹介され、「この人は、これまでの人生で、どんなに搾取されてきたのだろうと思った」と話されました。
そのほか、「教育基本法4条は、憲法14条の平等権規程を教育基本法で具体化したものだが、経済的地位による差別を禁じている。しかしながら、現実には、養護施設の子たちの高等教育進学率は2割、生活保護世帯の高等教育進学率は3割程度であって、貧困は、教育の機会からの疎外要因になっており、教育基本法の理想は実現していない。」、「経済的格差からくる教育の機会の格差の解決策として「給付型奨学金制度」を拡充する話もあるが、現政権は、「生産性の有無」で給付対象を分けようとしている(例えば、考古学とかインド哲学等は対象外)ため、いびつな制度になろうとしている。」、「就学免除」という制度は、「生産性」のない生徒の学習権の否定でもある。」等々。
ウ 教育現場における個人尊重主義と全体主義のせめぎあいについて
教育基本法は、もともとは、議論し合いながら社会をつくっていくという憲法の理想を教育によって実現しようとして誕生した。しかし、国家のための教育を長年続けてきた教育の現場は、直ちには変わることはできなかった。例えば、運動会での軍隊式の入場行進などは、戦後教育に残り続けた国家のための教育の名残。
「丸刈り裁判」に見られるように子どもの人権を侵害する校則について、司法が審査しないことも問題だ。おかしなルールがまかり通ってしまう。
今の全体主義的な流れを強く打ち出したのは、中曽根内閣。あの頃、「個人主義の行き過ぎ」「日本民族の一体性の中に、日本人のアイデンティティがある」等としきりに言いだした。しかし、中曽根内閣が、設置した臨教審が、個人重視の方向を再確認した(中曽根は、臨教審は、失敗だったと言っていた)。個人尊重主義の教育は根付いている。現場には、今も、個人尊重主義と全体主義のせめぎ合いがある。
(3)最後に、あすわかより、全体主義に舵を切る憲法改正が現実化しようとしていることを紹介し、憲法を「自分たちのもの」と考えようと呼びかける「憲法の歌」を歌って、閉会となりました。
3 感想など
前川さんのお話は、いろいろと知らないことがありとても興味深くお聞きしました。ことに、「学習する権利」から疎外されがちな環境におかれた一人一人の生徒さんへの思いの確かさと温かさには、胸を打たれました。
自尊意識を持てるような教育ができれば、同調圧力に負けない主体性をはぐくむことが出来、全体主義にも対抗できるのではないかと思いました。
あすわか兵庫では、来たるべき憲法改正の国民投票までに、一人でも多くの方と憲法に何が書いてあり、これが変わるとどうなるのかを考え合いたいと思っています。憲法カフェの講師派遣や劇団あすわか兵庫の憲法劇の出張公演等、ご依頼お待ちしています。