第60回人権擁護大会シンポジウム(第3分科会)開催報告 2
琵琶湖がつなぐ人と生きものたち~市民による生物多様性の保全と地域社会の実現をめざして~
弁護士 吉江仁子
1 第2部
(1)第2部は、地域社会を豊かに発展させる国内外の取り組みが紹介され、私たちの社会が、持続可能に豊かに発展していくための法制度や枠組みについて、検討されました。
(2)基調講演は、吉田正人氏(筑波大学大学院人間総合科学研究科教授、日本自然保護協会代表理事)より、「生物多様性の保全と身近な自然を守ることの大切さ」というテーマで、以下のようなお話をいただきました。
生物多様性とは、生物種、生態系、遺伝子、及び、その相互関係の多様性のことである。1992年に国際条約になった。地球上には、1000万種類以上~10億以上もの生物種がいるが、名前がついているのは、175万種くらい。絶滅の速度は、化石などから推測されるものと現在では、100倍から1000倍になっている。自分たちが、何を壊しているかもわからず、生物多様性を失っている。絶滅危惧種は、かなりの割合に上る。
日本には、汽水、淡水の貝類が多い。里山、里海、里湖の生態系サービス、自然のめぐみを利用してきた。文化的潤いを与えてくれるものでもある。
2010年、生物多様性第10回締約国会議で、名古屋議定書が採択され、愛知目標も採択された。生物多様性の主流化が目指されているが、女性や30代が関心をもっていない。これでは、子供も関心を持てない。
生物多様性基本法の中で言われているように地方自治体が作るべき参加型の生物多様性戦略が重要。地方公共団体、企業、NGOそれぞれが役割を果たすことが重要である。
(3)国内外の取り組みの紹介
ア 小倉孝之弁護士より、神奈川県における隣接自治体での、一方では緑地が保全され一方では湿地の開発が止められなかったという二つの事例につき、「鎌倉広町緑地と北川湿地の事例」というテーマで事例報告が行われました。
隣接した自治体で、開発と保全の結果の明暗を分けたのは、市民がいかに情報に早い段階でアクセスするかということだったという話が印象的でした。
小倉弁護士からは、①身近な自然に関する環境情報を市民が知らないという問題、②身近な自然に影響を及ぼす土地利用の策定・修正・実施の意思決定プロセスに市民が参加する機会が十分にないという問題、③市民が身近な自然を守るために活用できる法制度が極めて不十分、殊に訴訟で身近な自然を守るとは極めて困難であるという問題が、指摘されました。
イ 岩本研弁護士より、日弁連ドイツ視察(2017.5)報告「ドイツのミティゲーション制度とヴィルトポルズリート村の市民エネルギー」
まず、ミティゲーションの概念についての説明があり、回避→最小化→代償措置という検討順序が確認されました。また、すでに、多くの国で実体的な法制度として整備され、開発行為をする際に、法律によってミティゲーションを行うことが義務づけられていることが紹介されました。
次に、ドイツのバイエルン州アウグスブルグ郡におけるミティゲーションの事例として、元々畑だったところにスーパーマーケットの配送センターを建設するにあたり、代償措置として石を埋めて草地にして再自然化された土地が紹介されました。この草地には周りの畑、すなわち肥沃な土地では育たないような、また育ちにくいような動物や植物が生息するようになっており、多様な生物の生息環境が生まれています。
次に、先進的な住民参加による再生可能エネルギー村として有名なドイツのヴィルトポルズリート村の取組みが紹介されました。人口2500~2600人のこの小さな村では、1999年に村民に「2020年にはこの村をどのようにしたいか」を問うアンケートが行われました。その結果に基づいて村の総エネルギー需要を超える再生エネルギーを作り出すという計画が立てられました。この計画に基づいて2000年から風車の建設が行われ、現在は11基の風車が風力発電を行っています。風車は村民の自由意思による投資によって建設されており、売電により、投資のこれまでの利回りは年8%となっています。また同村で、行われているバイオマス発電や公共施設や一般家庭、農機具小屋の屋根で行われている太陽光発電等も紹介され、2016年には村の総需要の7倍の再生可能エネルギーを生み出すことに成功したことが紹介されました。
(4)パネルディスカッションI~「どうしたら身近な自然を守れるか~市民参加の視点から考える」
コーディネーター 乾由布子弁護士
パネリスト 吉田正人氏、
大久保規子氏(大阪大学大学院法学研究科教授)、
宮本博司氏(元国土交通省近畿地方整備局淀川河川事務所長)、
小倉孝之弁護士
吉田氏から、市民が情報を持っていないという指摘がありました。市民が、大事な場所があることを知らない。自然との豊かなふれあい=レクとしか考えられていないことも問題として挙げられました。
小倉弁護士は、市民がそういう活動していかないと法律も変わらないと指摘しました。神奈川県の丹沢山系で山が荒れた際、市民主導で大調査をし、県にお金をだしてもらって、丹沢再生事業を行った。水源税という税金を取る仕組みもつくった。森、山の問題は下流の問題として、市民が調査に参加したから、県民の理解を得られたのではないかと事例紹介がありました。
宮本氏から、淀川水系流域委員会の取り組みが紹介されました。お上任せだった河川法が、平成9年に改正されて、ステークホルダーの関与が明記された。2001年、淀川水系流域委員会ができた。住民の意見をくみ取ることなく進められてきた河川行政への不信感の払拭のために、委員の選定から公開とし、当初から原案を提示しない、現状認識と課題の共有化ができた時点で原案を策定するという方法で進められた。住民から、「淀川は川じゃない。川を歩いて、川の四季を肌で感じない役人に、私の思いはつたわらないでしょうね。」「水位が下がると小魚が死ぬ。人間のためだけの水ですか。」という声が出た。役人側は、当初「ダムの何がいかんねん。」という意識だったが、「なるべく避けた方がいい」という風に変わっていった。
吉田氏は、それを受けて、このような会議体では住民がどこまで意見を言えるかが大事で、みんなで共有したことについて計画をつくっていく、合意できなかったことは、計画にいれない、という約束が大切と指摘しました。
(5)ここで、「オーフス条約」について、大久保氏より説明をいただきました。
しくみの問題として、日本では、自然保護訴訟は、門前払い。法律はまったく改善されなかったわけではないが、あまり奏功していない。分野別に格差がある。整備計画に参加規程がなかったり、行政の裁量に任されているなど、不十分。計画段階での参加は、パブリックコメント。しかし、パブコメの締め切り翌日に、計画案が出されたりしていて形骸化は甚だしい。
1992年リオ宣言で「参加の原則」がうたわれている。参加するだけでなく、訴訟する権利が保障されなければならない。
オーフス条約では、行政が持っている情報は公開しなければならない。情報公開法で一部開示だけでなく、積極的に普及せよ、ビッグデータをオープンにせよ、加工できるような形で提供せよ、と言っている。あらゆる選択肢が取り得る段階から、有利な点だけでなく、争点になり得る点も開示しなければならない。プロセスが公正であったかを検証できるように。どんな関係者がいるかということを行政が分析した上で、関係者を平等に扱いなさい。参加が不十分であった。私は、参加したかったのにハラスメントを受けた、参加権が侵害されたと思った人は、訴訟ができることになっている。
開発できるところ、できないところのゾーニングは大事。アセスの適性を確保させるのは行政。アセスは、事業者の問題ではない。
中国やフィリピン、などでも環境団体が環境訴訟を起こせる。日本は、環境団体が自然保護訴訟を起こすことができない珍しい国。
あらゆる選択肢が存在する段階から参加できること、事業者にとって後から訴訟になる方がコストがかかる、事前に紛争を排除しておくことが効率的だと思える仕組みが必要である。